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徳島家庭裁判所 昭和44年(家)609号 審判 1970年1月21日

申立人 丸山洋子(仮名)

相手方 野本清(仮名)

事件本人 野本衛(仮名) 昭四三・一二・一七生

主文

事件本人の親権者を相手方から申立人に変更する。

理由

一  申立の趣旨 主文同旨の審判を求める。

二  申立の実情

事件本人は申立人と相手方との間の長女であつて、昭和四四年六月五日申立人と相手方が調停離婚するに当り、事件本人の親権者を父である相手方と定めたのであるが、その後に至り相手方は他人である吉田守男、同みつ夫婦に事件本人を委託しこれと養子縁組をしようとした。しかし元来申立人は離婚の際に事件本人を引取りたかつたのであるが、相手方が子供だけは誠意をもつて将来も養育していくというので仕方なく同意したのであるのに、その約束に反し他人の養子とするのであれば絶対に承服できず自ら引取つて養育したい。

三  当裁判所の判断

本件記録中の各戸籍謄本、家庭裁判所調査官作成の報告書及び関連事件(昭和四四年家イ第一四五号夫婦関係調整調停、同年家イ第二〇〇号離婚調停、同年家第四〇〇号養子縁組許可審判各事件)の各記録によると、

イ  申立人と相手方は昭和四二年一一月二四日の届出により婚姻し、相手方が当時印刷工として働いていた大阪市で居住するうち同四三年一二月一七日事件本人をもうけたが、相手方が仕事に身を入れずマージヤンや飲酒にふけつて家計を顧みなかつたため夫婦間に不和を生じ、家庭の立て直しをするため昭和四四年一月頃徳島に帰郷し、相手方は木工職に就いたが依然仕事を怠けることが止まないので同年三月頃申立人は事件本人を伴い実家に帰つたこと、

ロ  申立人の申立により家事調停がなされ、同年六月五日離婚の合意が成立し、その際事件本人の監護について申立人としては自らの手許で養育したいという気持はあつたけれども、自己の生活力に十分な自信が持てず、また子供は婚家に残して去るものという地域の因習に従つて事件本人の親権者を相手方と定めたこと、

ハ  相手方は上記離婚後事件本人を申立人から受取つたが幼児を監護する意欲も能力もないので一時自己の父の許に預けていたところ、たまたま前記吉田守男、同妻みつが実子なく子供を欲しがつていることを聞き知り、ゆくゆくは養子とする話合いで事件本人の養育を同人等に託し、同年六月二五日以来事件本人は吉田夫婦により育てられていること、

ニ  申立人は現在実家で母、長兄夫婦と同居し、○○県立○○病院事務局に勤務し、月収約一万五千円を得ており、母及び兄夫婦は申立人に同情し協力的であつて、申立人の不在中も母親によつて事件本人の世話が期待でき、なお申立人は洋裁学校を卒業していてその技術により収入の途を講ずることもできること、

ホ  相手方は同年九月頃前記木工所をやめ、その後固定した職に就かず、マージヤン屋に起居する等して自宅に帰らないことも多く、その父からも見放されている状態であること、

へ 申立人は前記吉田夫婦より事件本人との縁組許可申立がなされていることを知り、申立の実情記載のような心情で本件申立をしたものであること、

の諸事実を認めることができる。

以上の事実関係によつて見るときは、相手方は子を教育監護するに足りる誠意がなく、その資格、能力に欠けるところがあるのに対し、申立人は離婚当時の気持はともかく、その後の事件本人の身上の変化を知つた現在においては、母親としての責任を果したいと強く決意しており、そのための生活諸条件も一応備わつていると考えられる。

ところで本件においては今一段の考慮を払わなければならない問題がある。すなわち事件本人が前記のように吉田夫婦の事実上の養子となつて以来既に相当の月日を経過しており、前掲証拠によれば同夫婦は養親たるに不適当な点はなく将来共事件本人を自分の子として育て抜く心づもりで細心の注意を以て事件本人を愛育していることが認められ、親子的関係が生活面、感情面で定着しつつあることである。

このような場合裁判所としては、子の父母相互の間においていづれか親権者として適格であるかを先づ判定した上、更にその適格とされた親と事実上の養親とを比較検討し、そのいづれがより多く子に福祉をもたらすかを考察すべきものであろうが、その結果親権適格者とされた親が優る場合はもちろん、多少劣る場合においても、その者が子を監護教育する意思も能力もないのに単に感情にのみ走つて親権変更を求めているとか、或は事実上の養親子関係が長年月に亘り、子も自己を取り巻く環境や人間関係を弁別し得る年齢に達しているため、その事実上の養親子関係を裂くことが子の将来にいちじるしく悪影響を及ぼすおそれがあるとか、いわば権利(親権者変更請求権)の濫用に当る場合を除き原則として血肉を分けた親の希望を叶えてやるのが相当である。

本件において申立人と相手方との関係自体では申立人を親権者とすることが明らかに適当であり、ついで吉田夫婦に事件本人の養親たるべき者としての欠格事由は発見できないけれども、前段に説示したところにより、また当然予想される養子縁組の交渉について責任ある熱慮により縁組代諾権を行使させることをも留保事項として念頭に置き、結局本件申立を正当として認容することとし主文のとおり審判する。

(家事審判官 山下巖)

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